学校に行って
友だちとおしゃべりするのがふつうだった
教室で先生が教えてくれるのがふつうだったし
仲間で大きな声で歌うのもふつうだった
会社へは
電車に乗って行くのがふつうだったし
自分の机で仕事をするのもふつうだった
昼飯で馴染みの店に行くのもふつうだった
夜、焼鳥屋に入って
同僚とビールを飲むのがふつうだった
つばを飛ばしながら話すのもふつうだったし
あいつと口ゲンカするのもふつうだった
田舎へは
盆か正月に帰るのがふつうだったし
こどもを連れて帰るのもふつうだった
ばあさんにお土産を買っていくのもふつうだった
いつからか
ふつうがふつうではなくなった
ふつうがひどくなつかしくなった
ふつうはどんどん遠ざかっていった
はじめはみんな
ふつうはすぐにふつうに戻るものだと
ふつうにおもっていた
だからふつうでない毎日をじっと耐えていた
ある日
ふつうはふつうではないことだと気づいた
そしてふつうは戻らないかもしれない
ふとそんなことが頭をかすめた
学校にいるはずのあなたは
いつしか退学していた
会社にいくはずのあなたは
クビになっていた
馴染みの焼鳥屋は
突然店を閉じていた
田舎のばあさんは
孫に会えずに死んでいた
いつの時代も
人はふつうに生きたいと思う
そして人は誰でも
ふつうに逝きたいと願う
ふつうを取り戻すために
お医者さんや看護師さんたち
そしてたくさんの無名の人たちが
今日も昼夜を問わず汗を流している
ふつうに今年も春が来て、不忍池の畔には、
ユリカモメやマガモが海を越えてやってきた
ふつうを知らない女の子が、花柄のマスクをして
花吹雪の下を、笑みを浮かべながら駆けていく
やがて、ふつうを引き連れて
未来は確実にやって来るだろう
そうして気づかぬうちに
ふつうでないふつうがふつうになっていく
(2021年、春)