「詩集に寄せて」喜岡淳治

詩集に寄せて 成蹊大学准教授  喜岡淳治

 1986年4月、私は東京都足立区立第五中学校で国語の教員として、初めて正式な教育職員となった。その時に、曽我先生に出会った。今、振り返れば、その出会いが私のその後の生活を決定した。それは、私が教育の世界で一生を送ることを宣言するものだった。
 当時、私の周りの教員たちは、子どもたちが本当に大好きであった。彼もその一人であった。職員室で時間が空いていれば、子どもたちの話をして、子どもたちがどのような状況にあるのか、どのように子どもたちが変わって来たのかを教師たちは、語りつくしたものである。
 例えば、ある事件を起こしたA君について、教員同士で話しているうちに、頑固な昔気質のお父さんに叩かれて育ってきているから、その反動が事件につながったかもしれないといった分析がなされる。ある教員からは、Bさんについて、お母さんに一人で育てられてきて、家の仕事の手伝いを結構しているから、他の先生方にも宿題などを少し考慮してあげてほしいというお願いがなされる。子どもたちについていろいろな会話が飛び交っていた。
 普段から教員同士で情報を共有していると、子どもたちが、思春期を迎え、親に反発し、家庭内で揉め事を起こしても、学校内で事件を起こしても、特にジタバタすることはなかったのである。
 彼は、そんな中で最も子どもたちに寄り添っていた教員の一人である。子どもたちの成長と共にあり、子どもたちとの時間の共有の中から、この詩集が出来上がったのである。
 さて、曽我先生は、3年の担任であった。私はそのクラスの副担任を任ぜられた。彼は私と出会って一年で転勤になった。卒業間近になって、彼はクラスの子どもたちに自分の作った詩をプレゼントした。義務教育を終える子どもたちに、彼からの最後のメッセージである。ガリ版刷りだが、彼の字体が見事に出ていて、私はいつ眺めても懐かしい感情が込み上げてくる。今でも身近に置いて、これを見て教職の仕事を続けられている。
「贈る言葉」という題名である。その中にある、一遍の詩にショックを受けた。
 それが、この詩集のタイトルである「学校は飯を喰うところ」という詩である。
学校とは何をするところなのだろうか。今でも、この課題に取り組んでいる毎日である。学校には、少なくとも子どもたちの安心できる場所が必要だ。誰もができること、それは生きることを支えるための食べることである。学校というところは、その生活の中に給食があり、みんなでその時間帯を楽しく過ごすことができるはずである。給食のない学校も弁当持参の昼食の時間がある。
 どの学校でも、給食(昼食)の時間「だけ」を楽しみに学校に来ている子どもたちがたくさんいる。あの当時、特にカレーライスの日は人気があった。休み明けの給食初日は、必ずと言っていいほどカレーライスだったと記憶している。これがまたおいしいのである。何杯でも御代わりをしたいと思うのである。野菜がごろごろ、お肉も結構入っている。カレーのとろりとしたルーと共に味わったことを、今でも思い出す。大人になった当時の子どもたちも同じであろう。学校の楽しい思い出である。
 教員というものは、個別に先輩の先生から教わることが多い。私も曽我先生をはじめ当時のいろいろな先生から多くのことを教わった。その一つが、子どもたちが何のために学校に来ているかは一人ひとりさまざまだということである。「個別に」子どもたちを見なさいと教わったのである。子どもたちを、十派ひとからげにまとめてみるのではなく、一人ひとりがいろいろな生活を背景にもって、学校に通ってきていることを見なさいということである。
 子どもたちからすれば、もっと生の自分を見てほしいのである。他の子どもとは背負っているものが違う自分がここにいて、ここで授業を受け、ここで友だちとおしゃべりをし、ここで給食を食べている。その生活を教員にも見てほしいのである。
 もう一つは、子どもたちの「生と死」である。教員の「生と死」である。曽我先生と共に教員生活をしているときには、「生」のことを考えることが多かったが、彼が教員を退職され、久しぶりにお会いしたときに、彼の口から「死」という言葉を初めて聞いた。
 曽我先生は、「私たちも先輩からいろいろ学んだ。退職した私たちも、次の世代に知っているかぎりのことを残していかなければならない。」と考えたと言う。そして、彼が出した答えは、自分自身が体験したことを基に詩を作ることであった。詩が彼の思いを誠実に表現してくれている。彼の子どもたちへの思い、教育への思いが、文学青年のように詩という言葉を通して次から次へと紡ぎ出されていく。
 現在、私は大学という場で教育に携わっている。教員を目指す学生に、中学校の教員をしていた時と同様、学校教育の場で自分自身が大切にしていることを伝えている。それは、一人ひとりの「人間の生きざま」に向き合うことである。一人ひとりの子どもと真摯に向き合い、子どもにとって安心できる居場所を用意することである。
教職総合演習という授業では、人間の「生と死」を題材にしている。東北地方太平洋沖地震、新潟県中越地方地震などの「死」と「生」や、司馬遼太郎作の「21世紀に生きる君たちへ」を取り上げ、現実の生と死の中で、学生自身が、また将来の教え子らが、どのようにこれからの人生を豊かに過ごしていくかについて議論を積み重ねている。一人ひとりの違いを大切にしつつ、お互いの協調性や他人に対する信頼の重要性を理解していく。この詩集の伝えたい部分と重なるところが多い。
 曽我先生ご自身も多くの出会いの中で感じられたことをこの詩集で結実させている。私が説明するよりも、一つ一つの詩をじっくりと味わっていただきたい。
 最後に、そのような詩集と曽我貢誠先生との出会い、そして共に味わうことができた子どもたちとの出会いに感謝していることをお伝えしたい。